あなたの心を軽くする「ことばのはね」

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武士道6(番外編)☆

今週は新渡戸稲造さんの「武士道」をご紹介しておりましたが…

本日のみ「葉隠(はがくれ)」についてご紹介し

「武士道」を締めます☆

( ´・ω・`)_且~~ イカガ?

『死ぬことと見つけたり』

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」

この真意は、

決してむやみやたらと死ぬことを意味している訳ではありません。

ところが、

それを戦時中に、

多くの若者を戦場に送るために都合がいいように軍部が解釈を捻じ曲げ、

この一文のみを強調したので、

いつのまにか武士道=死ぬことという解釈が定着してしまいました。

しかし、実はこの言葉には続きがあり、

最後まで文章を読めば、

この一文の真意は、

武士道=死ぬことではないことがよく分かります。

続きの文章を元にして、

「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」の真意を解釈すると、

武士道と言うことは死に身になるということです。

死に身というのは何かというと、

人間は生きていると色々な欲等があるので、

いざと言う時(例えば、生か死かというような重大な決断を迫られた時等)、

欲に囚われて判断を誤ることがあります。

それを防ぐ為にはどうしたらよいかというと、

死に身になって考えることです。

人間は死んでしまえば、

一切の欲望から解放されます。

従って、

自分が死に身(死人)であると考えて行動すれば、

欲に囚われなくて済むので、

判断を誤ることを防ぐことが出来るというわけです。

要するに、

武士道とは、死ぬことではなく、

私欲を捨てると言うことです。

そして、

私欲を捨てて行動できるような人物こそが、

武士としての理想像であると言えます。

これが、「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」の真意です。

参考資料「ヘタな人生論より葉隠河出文庫)」著者:本田有明より

珍しく引用ではなくまとめです(笑)

私が会社で約2カ月に1回ペースで

役職者に研修する機会があるのですが

去年の10月に

そこで話した内容です☆

(^ー^* )フフ♪

人間ですから欲はありますよね♪

でも

それを最小限にとどめることが

よりよく生きる方法の1つかもしれませんね☆

(・ω・)bグッ

今週は1週間に渡って

新渡戸稲造さんの「武士道」と「葉隠」をもとに

「武士道」を紹介しました~☆

( =゚ω゚)ノ( =゚ω゚)ノ

今週も読んで頂きまして

本当にありがとうございます♪

♪感謝☆(人゚∀゚*)☆感謝♪